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目次


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最後の司書


視界が拓けて最初に見えたのは、真ん中にビックリマークの入った黄色の三角形……見慣れた「注意!」の標識だった。ハザードシンボル。視界の端っこにでも入れば、どんなにバカにでも「ここは危ないですよー」が伝わる、いわばバカ向けマークだ。

現場監督者は、俺たちが文字すら読めないと思っている。だから危険な場所には黄色とビックリマークのシンボルがあるし、特に危険な薬品なんかには「目がつぶれますよー」だとか「手が溶けちゃいますよー」だとかがすぐ分かるラベルが貼ってある。どれだけ分かりやすくしても年に二、三回は薬品で怪我する事故が起きて、現場監督はそのたびに必死で揉み消していた。でも隠しきれない事故が何度か起きて、さすがに管理が少しは厳しくなった。で、俺はたしか、「手が溶けちゃいますよー」的な薬品を取りに薬品保管庫に来た。はずだ。  事務所のほうがなんだか騒がしくなって、何だろうと思っているうちに身体が動かなくなった。目の前が真っ暗になって、引きずりこまれるような眠気が来て、死ぬのかなと思った瞬間に「バリン」って音がして視界が拓けた。……それが、今だ。

「……え?」  目の前のハザードシンボルが埃で煤けている。さっき見たときはもっとムカつくくらいツヤツヤしてたよな。それに、このコンクリート片みたいなカケラは何だ。身体じゅうに張り付いて気持ち悪い。っていうか服の中にまでゴロゴロと入り込んでて気持ち悪ィし……と思ったところで、着ている服まで埃まみれになってることに気付いた。 「ンだ、これ!?」  思わず叫んだら、保管庫に俺の声だけがわあんと響いて、消えた。それで、違和感に気付く。なんでこんなに静かなんだ?  保管庫の開けっ放しの扉の先には事務所がある。六十人分の席があって、四十人はいたはずだ。いつも喫煙所でダベってるあいつ、派遣の女の子にちょっかい出し続けてるあいつ、社員の男にだけやたらお菓子を配るあいつ、パソコン見ながらブツブツ独り言ばっかり言ってるあいつ。ついさっきまであんなにうるさかったのに。あの連中が全員だんまり決め込んでるってことか? ……なんで?

おそるおそる保管庫を出て事務所に戻った俺は、悪夢みたいな光景を見た。

事務所の入り口に貼ってある、AV女優からグラドルになった女がアップで写ってる火の用心ポスターが、日に焼けてほとんど真っ白になっていた。

◇◇◇◇